2024/05/14 (TUE)プレスリリース

宇宙航空研究開発機構(JAXA)の宇宙環境利用専門委員会の公募事業に採択

キーワード:研究活動

OBJECTIVE.

金沢大学環日本海域環境研究センターの鈴木信雄教授と理工研究域生命理工学系の小林功准教授、文教大学の平山順教授、立教大学の服部淳彦特任教授と丸山雄介助教、株式会社IDDK(以下、IDDK)を中心とした共同研究グループは、JAXAの宇宙環境利用専門委員会の公募事業(※1)に採択され、魚類のウロコ(※2)を人工衛星に搭載して、宇宙空間で誘発される骨密度低下、放射線障害、概日リズム障害を予防する治療薬の開発を目指します。

現在、国際宇宙ステーション(ISS)には、ヒトが1年程度の長期滞在が可能となり、月や火星への有人探査や民間人の宇宙旅行も実現可能になってきています。しかし、滞在期間が長くなれば、宇宙環境が人体に与える影響が大きく、さまざまな部位に障害が生じることが考えられます(図1)。そのため、その影響の評価とともに、予防?治療薬が必要となっています。そこで、2010年実施したFish ScalesのISSを用いた宇宙実験のサンプル調製の実績および研究成果を基にして、IDDKと連携した民間の人工衛星を用いた宇宙実験を3年後に計画しています。特に、われわれが注目している宇宙環境は、①微小重力、②宇宙放射線、および③地球上のものより極端に短い明暗周期です。鈴木教授を中心とする研究グループは、2010年にスペースシャトルアトランティス号を用いて実施した宇宙実験(Fish scales)において、①および②の影響を評価し、宇宙空間における人体への影響の原因の一つとして、“メラトニンの産生量の低下”を証明しています。これより、メラトニンは①および②の影響を予防?治療できる可能性があります。メラトニンは、①および②の防御作用に加えて、生体の恒常性維持機構である概日リズムを調節するホルモンであることから、宇宙空間で乱れた③概日リズムの光応答障害もメラトニンにより治療できる可能性が高いと考えました。そこで、この光応答障害モデルのゼブラフィッシュ(※3)のウロコを用いた実験を行います。

ISSは2030年に終了することがすでに決定されています。ISSに変わる宇宙環境利用として人工衛星が有望です。月や火星への人類の進出、宇宙における人類の居住を可能にするためのリスク評価およびそれを克服するため、人工衛星を用いた宇宙実験を計画し、宇宙空間で引き起こされる疾患の予防?治療薬の開発を行う予定です。
図1:宇宙で引き起こされる疾患の例
メラトニンは、A、CおよびDの疾患を予防?治療できる可能性を秘めている。

研究の背景

宇宙環境が人体に与える影響が大きく、さまざまな部位に障害が生じます(図1)。その影響を評価するとともに、予防?治療薬が必要となります。2030年に終了するISS後の月や火星への人類の進出、宇宙における人類の居住を可能にするためのリスク評価およびそれを克服するための予防?治療薬の開発が喫緊に求められています。そこでわれわれが注目している宇宙環境は、①微小重力、②宇宙放射線および③地球上のものより極端に短い明暗周期です。微小重力下では、地上とは異なり、人体はさまざまな影響を受けます。例えば、体液循環が変化し、約2Lの水分が頭部と胸部に移動してムーンフェイスになり(図1B)、骨や筋肉は萎縮します(図1D)。骨の場合は、1ヶ月に約1パーセントの割合で骨量が減少し、尿からカルシウムが排出されます。したがって、腎臓結石のリスクが高まります(図1C)。宇宙には太陽フレアによる大量の宇宙放射線や、はるか銀河の超新星爆発による宇宙飛行船の壁をも突き抜ける高エネルギー重粒子線が降り注ぐ環境にさらされます。ISSは地球を90分に1周するため、45分の明暗周期が繰り返されます(図1A)。このような特殊な宇宙環境は、人体に非常に大きな影響を与えて、さまざまな疾病を引き起こします。
図2:ウロコで発現しているaanat mRNAの解析
Ground:地上実験、F-1g:宇宙空間で遠心機を回して1gの条件(地上と同じ1g)を作り出すことができる装置に入れて培養したウロコ(宇宙対照群)、F-μg:宇宙空間で培養したウロコ(微小重力群)、**: P < 0.01,n = 4(Ikegame et al., J. Pineal Res., 2019より)
以上のことから、われわれは骨に注目し、魚のウロコを骨モデルとして用い、2010年に宇宙実験を実施しました。われわれが実施した宇宙実験において、①微小重力による骨量低下及び②宇宙放射線の影響を評価し、これらの影響をインドール化合物であるメラトニンにより予防?治療できる可能性を示しました(微小重力:Ikegame et al., J. Pineal Res., 2019; Hirayama et al., J. Pineal Res., 2023、 宇宙放射線:Furusawa et al., Mol. Med. Rep., 2020; Hirayama et al., J. Pineal Res., 2023)。さらに、メラトニンがキンギョのウロコの骨芽細胞で産生されることを見出したことから、そのメラトニンがトリプトファンから合成される時の律速酵素(aanat: arylalkylamine N‐acetyltransferase)の発現を調べました。その結果、微小重力(F-μg)下で培養したウロコにおけるaanat mRNAの発現量は、軌道上1g(F-1g)や地上(Ground)で培養したウロコよりも低く、地上で培養したウロコと微小重力下で培養したウロコにおける発現において有意差が認められました(図2)。したがって、宇宙空間における人体への影響の原因の一つとして、“メラトニンの産生量の低下”が挙げられます。また、われわれは、宇宙放射線により生じた細胞に対する傷害をメラトニンによりレスキューできることも確認しています(Furusawa et al., Mol. Med. Rep., 2020; Hirayama et al., J. Pineal Res., 2023)。加えて、メラトニンは光を利用して恒常性を維持する概日リズムを調節するホルモンであることから、宇宙空間で乱れた③概日リズムの光応答障害もメラトニンにより治療できる可能性が高いと考えられます。以上のことから、メラトニンは宇宙空間に滞在する時の有効な予防?治療薬になる可能性が高いといえます。

企画している宇宙実験の概要

2030年にミッションを終了するISSを見据えて、2023年度「きぼう」船内利用フラグシップミッションも締め切られ、宇宙への打ち上げのリソースを民間へと移行していることが現状です。このような背景から民間企業IDDKとともに人工衛星を用いた宇宙実験を計画しています。

IDDKの宇宙バイオ実験プラットフォームの概要図を図3に示します。IDDKは、光学技術と半導体技術の融合により従来の顕微鏡とは全く異なる原理の革新的な顕微観察技術MID(マイクロイメージングデバイス)の開発に成功し、このMIDをコア技術としたオートメーション宇宙バイオ実験装置の開発を進めています。ポストISSプラットフォームが求められる中、国内外にいくつものサンプルリターン可能な小型衛星ペイロードサービスの提供を目指す企業が創設され、IDDKはすでに複数の企業と提携しています。日本初民間主導の小型衛星を利用した地球低軌道での宇宙バイオ実験プラットフォームの構築を目指し、2024年には実証実験、2025年からはサービスを開始する予定です。

図3:株式会社IDDKの宇宙バイオ実験プラットフォームのサービス概要

本研究の宇宙実験を企画?実施する上での優位?独創性

材料
骨モデルとしてのウロコ
ウロコは、石灰化した骨基質の上に骨芽細胞及び破骨細胞が共存し、さらに骨細胞様の細胞も備わっており、コンパクトな骨モデルです。ウロコを培地に入れて培養するだけなので、軽量化できます。ゼブラフィッシュのウロコは、骨芽細胞と破骨細胞を蛍光標識しているため、IDDKの顕微観察技術により、軌道上での骨芽細胞及び破骨細胞の解析も可能です。

ウロコの低温での長期間の培養
打ち上げ直後では、打ち上げ時の過重力応答の影響を受け、骨芽細胞が活性化しました。その後、ウロコは微小重力に応答して、骨芽細胞の活性が低下しました。したがって、長期間(少なくとも86時間以上)培養することができれば、軌道上1gを設ける必要はありません。打ち上げる機器類を軽量化できるため、人工衛星により宇宙実験を実現できます。さらに、長期間の培養を行うことができるため、ロケットの発射遅延にも対応できます。
治療薬
メラトニンの宇宙疾患の予防?治療効果
メラトニンには多様な作用があり、宇宙環境でヒトが生活するための優れた予防?治療薬です。国内においても、ノーベルファーマ(株)から小児用の睡眠促進薬(メラトベル)が市販されています。2010年の宇宙実験(Fish Scales)により、短期暴露(86時間暴露)による骨吸収抑制作用および放射線防御作用を確認済です。本研究では、低温による長期培養により、骨基質?骨芽細胞に対する作用、放射線との複合影響に加えて、組み換え体ゼブラフィッシュのウロコを用いて、概日リズムの光応答障害のレスキュー作用を検証します。
IDDKの宇宙バイオ実験プラットフォーム
ウロコの骨芽細胞および破骨細胞の顕微観察
顕微観察については製品化にも成功しているMID技術をベースとしています。すでに宇宙ミッションに向けた蛍光観察方式の開発には着手しており、軌道上でも宇宙実験の成果を挙げることが可能です。また、本研究の必要要件を満たすための開発は、すでに開発を進めている宇宙用バイオ実験装置を基礎として構築するため、ウロコに適した条件を検討することで実現可能です。

サンプルリターン
図3 のように、IDDKは、宇宙バイオ実験プラットフォームで、サンプルリターンの技術開発を進めている複数の人工衛星パートナーと提携しています。本研究の成果を宇宙実証する時期には、すでにリターン技術を実証済みのパートナーを選定することで、極めて実現性は高くなると考えられます。軌道上でホルマリンなどでの固定により保管でき、ISSで宇宙飛行士が行うような操作を自動で実施することで、宇宙環境下で引き起こされる疾病のメラトニンによる予防?治療効果を解析できます。

今後の展望

キンギョのウロコは、低温で擬似微小重力応答を解析します。特に、骨基質のⅠ型コラーゲンおよびハイドロキシアパタイトの解析を中心に行う予定です。ゼブラフィッシュは、小林准教授が作成済の骨芽細胞と破骨細胞を蛍光タンパク質でラベルしたゼブラフィッシュ(Kobayashi et al., Com. Biol., 2020)と、平山教授が作製した光応答障害を呈する遺伝子改変ゼブラフィッシュ(Hirayama et al., Sci. Rep., 2019)とのかけあわせで、概日リズムの光応答が障害された条件下で骨細胞の動態を解析する系を構築します。さらに、キンギョのウロコの滅菌方法に準じて、ゼブラフィッシュのウロコの滅菌を行い、滅菌後の擬似微小重力応答を確認します。機器の開発に関しては、恒温保管容器の開発およびウロコをホルマリン溶液などで自動処理できる機器の構築を目指します。

用語解説

  • ※1:JAXAの宇宙環境利用専門委員会の公募事業
    宇宙航空研究開発機構(JAXA)の宇宙科学研究所(ISAS)の宇宙環境利用専門委員会が主催し、微小重力科学及び宇宙生命科学領域における『小規模計画』、「きぼう」利用フラグシップミッションなど、具体的な宇宙実験提案につながるフロントローディング研究の公募。宇宙実験前の実験機器の開発を含めた宇宙実験の準備を支援する。
  • ※2:魚類のウロコ
    魚類のウロコには骨を作る細胞(骨芽細胞)と骨を壊す細胞(破骨細胞)が共存しており、魚は脊椎骨ではなく、ウロコからカルシウムを出し入れしている。例えば、メスのサケは、海から川に遡上するときにウロコからカルシウムを取り出して、卵にカルシウムを供給する。その時、ウロコの破骨細胞が活性化して、ウロコが溶けて小さくなることが証明されている。国際宇宙ステーションを構成する日本の宇宙実験棟「きぼう」においても、ウロコを用いた宇宙実験を実施した実績を、鈴木教授を中心とした研究グループは有する。その先行研究では、宇宙空間で、わずか3日間の培養で破骨細胞が活性化して、ウロコの骨吸収が引き起こされることを報告した。さらにインドール化合物の一種であるメラトニンが、ウロコの骨芽細胞で作られ、そのメラトニンが破骨細胞活性を抑制する32個のアミノ酸から構成されるホルモン(カルシトニン)の分泌を促すことにより、骨吸収を抑制することを見出した。
図4:魚類のウロコの模式図
魚のウロコは、石灰化した骨基質の上に骨芽細胞と破骨細胞、さらに骨細胞が共存し、ヒトの骨と同じように骨代謝を行っている。
  • ※3:光応答障害モデルのゼブラフィッシュ
    文教大学の平山教授は、ヒトと同じ体内時計の形成機構を持つゼブラフィッシュを用い、哺乳動物で保存されている概日リズムの光制御分子を報告している(Hirayama et al., PNAS, 2005; Hirayama et al., PNAS, 2007; Hirayama et al., Cell Cycle, 2009)。また、これらの分子を破壊した遺伝子改変ゼブラフィッシュが概日リズムの光制御の障害を示すことを報告した(Hirayama et al., Sci. Rep., 2019)。本モデルゼブラフィッシュは、概日リズムの光応答のみが障害され、リズム形成自体は正常である点が特徴的である。

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